晩餐(ばんさん)

  • 意味:ごちそうの出る夕食
  • 豆知識:「客を招いてもてなす夕食・ディナー」という意味もあります。

人生最後の晩餐には、何を食べたい?
という、よくある質問に、昔は
「鶏の手羽先」と答えるぐらい、鶏好きでした。
歳をとると、お肉があまり食べられなくなってきますね。
最近の答えは、「アイスクリーム」です。
チョコモナカジャンボをおなかが壊れるまで食べてみたいものです。

謎ルールがざくざく出てくる

前回、前々回と、謎ルールの話を記事にしていたら
あれもあった、これもあったと
どんどん記憶が掘りおこされてきました。

人間、社会の中で生きていると
謎のルールに縛られているのが当たり前なんでしょうね。

謎ルールは、学校に通っていたころからありました。
父が転勤族だった関係で、転校が多かったので
それぞれの学校の謎ルールに出会うたび
目を泳がせたり、ドン引きしたりいろいろでした。

日本各地を津々浦々移り住んだのですが
たまたま、住んだところはどこも政令指定都市でした。

それでも、都市ごとの規模や地域性には差がありましたので
「都会のもやしっ子が来た!」と言われることもありましたし
「いなかっぺが来た!」と言われたこともありましたw

都会っ子としての思い出

まず、「都会っ子」と認識された地域での話です。
転校した小学校での最初の体育の時間、
体操服に着替えました。
着替えたら、それで終わりだと思っていたのですが
生徒たちが、皆いっせいに靴下を脱ぐので
????と、思いつつ
そこは、やはり自分も脱いだほうがいいのか?と
わけもわからず、靴下を脱いで校庭に向かいました。

そして、昇降口を経て、校庭に出るとき
上履きを脱いで、下駄箱にしまい
靴を履くと、思ったんですが
誰も靴を履かないんですよ!

え?どーいうこと????
わけもわからず、自分も裸足で校庭に出て
そのまま、体育の授業を受けました。

「校庭での体育の授業は裸足」
これが、その学校の謎ルールでした。

どうして裸足なのかを、さりげなく聞いてみたところ
「裸足のほうが速く走れる」とのことでした。

慣れぬ裸足に、すぐに足の裏の皮がむけて
半年以上治らず、たいへんな目にあいました。

まさに、もやしっ子の悲劇でしたねw

いなかっぺとしての思い出

中学生のときに転校した都会の学校で
何も考えず、席がとなりになった男子と会話をしました。

とても話しやすい男子で、親切だったので
学校の風紀や校舎の構造(図書室の場所とか)などについて、
あれこれ教えてもらいました。

それがきっかけで、仲良くなったんですが
この学校では、その行為は「男子に色目を使う行為」と見なされると
後になって知り、非常に驚き、さらに
そのイメージを払拭するのに、たいへん苦労もしました。

前にいた「いなかの学校」では
男女が「つきあう」というのは高校生以上のことで
中学生には、縁のない話だったんですが
その学校では、多くの「つきあってる」カップルが存在していて
「ステディな彼氏、彼女以外の男女は仲良くしない」
という謎ルールがあったんです。

「いなかの学校」では、男子と女子がいっしょに登下校したり
昼休みは、校庭でいっしょにキックベースをして遊んだりしたものでした。
そもそも「つきあう」って、何するの?どういうこと?
そんな認識しかなかったんですよねえ。

それが、そんなおませな学校に放り込まれたのですから
どうしたらいいんだ??
このままでは、女子たちにいじめられてしまう!!
そうだ、男子とは口をきかなければいいんだ!となり
卒業まで、男子とはほとんど口をきかずに過ごしました。

いなかっぺとしての思い出もうひとつ

この中学に転校したときは、ほかにもたくさんの違いに驚きました。
「いなか」では、マクドナルドやミスタードーナツなど、ファストフード店に
子どもだけで入れるのも、高校生からでした。

これは、謎ルールというより、ローカルルールでしたが
家族の外食で、ファストフード店に行く時代ではありませんでしたから
そういう店には、行ったことがないまま都会の学校に転校してみたら
そこでは、当たり前のように中学生どうしでファストフード店に出入りしていました。
そういうわけで、新しい友達と出かけたとき、初めてマクドナルドに入りました。

高校生で、マックデビューをすませていた姉から聞いては、
なんとおいしそうな!ぜひ飲んでみたい!
と、切望していた「シェイク」が、とうとう飲める!
と、わくわくしながら友達の後ろについて、同じように注文し
(やり方がわからないので、ほぼ、お焼香状態w)
憧れのシェイクをゲットしたんですが
あれって、フタに米印型の切込みがあって、そこにストローをさしますよね。

それがわからなかったので、ふたをパカっと外して
ストローをシェイクの中にぶちこんだんですよね。
そうしたら、当然いっしょにいた友達に大笑いされてしまいました。

友達が飲むのを見てから、真似すればよかったのに
食い意地が張っていたもので、待てなかったのが敗因でした。
思春期で自意識過剰な頃でしたから、顔から火がでるほど恥ずかしく感じました。

そんなかわいいころが、自分にもあったんだと
今になると、びっくりしちゃう懐かしい思い出です。

忘れん坊将軍

昭和39年生まれの59歳、専業主婦です。 新幹線、首都高速、武道館などなど同い年のものがたくさんあります。 還暦目前のせいか、あれもこれも忘れてしまう困ったちゃんです。