がんになった人、そしてその周囲の人しか知らないと思いますが
「キャンサーギフト」なる考え方があります。
がんからもらった贈り物という意味で
がんになったからこそ、得られた喜びや幸いのことを指します。
そんなものはねーよ💢
と、思ってはいますが、もっと広い視野でとらえるなら
「キャンサーギフト」とは、がんになったことをきっかけに、それまで気づかなかった価値観や、新たな出会い、感謝する出来事など、良い意味での変化や発見を指す言葉です。がんという経験を通して、人生をより深く見つめ直したり、前向きに生きる力を見つけたりすることを意味します。(AIによる概要)
という意味になります。
ここまでの意識は、やはりもてませんが、
最近の私は「不幸中の幸い」として、
キャンサーギフトを受け取めています。
お殿様(夫)より先に私ががん患者になっていたために
知識や情報をいろいろ持っていたからです。
そうでなかったら、どうだったのか?を考えると
まず、悲嘆と困惑のカオスの中に放り出されただろうと思います。
自分については「そうなんだな」程度の受け止め方でしたが
身内のこととなれば、間違いなく「そうなんだ」じゃすまないはずです。
もちろん、今も悲嘆と困惑は感じているのですが
「まだうろたえる時期じゃない」と思えます。
がんは、積極的治療ができているあいだは
最期のときを想定する必要はありません。
まだ、根治や延命の可能性があるわけですから。
その後、がんの総量を減らすための治療よりも
苦痛をとる治療に切り替えたほうが体力の温存になるでしょう
という時期には、「余命の過ごし方」を改めて考えることになります。
しかし、そこからの年月も人によりまちまちです。
医師の診立てをはるかに超えて長生きする人も大勢います。
自分がどうなっていくのか、それはわかりませんが
人生の始末をつけるのは、この時期に入ってからで十分です。
というようなことを知っていただけ
今、とてもつらそうなお殿様を見ていても
不安でどうかなっちゃいそう、ということにはなりません。
副作用はいつか抜けることも知っていますしね。
むしろ、あれこれ検査をしていたときのほうが
結果として「積極的治療よりも緩和ケアを」
と、勧められるほど進んでいたらどうしよう!?
と、とても不安に思っていました。
幸い、積極的治療ができる状態でしたが
消化器のがんは、乳がんとはだいぶ様子がちがい
治療も、よりきつそうに見えます。
ヨレヨレしているので、ついあれこれ手を出して
完全寝たきり状態に誘導していたかもしれません。
実質、寝たきりに近い状態ですが
それでも、自分でできることは自分でしていますので
その分、動いています。
家の中でちょこちょこと動いているだけで
十分運動になることも、身をもって知っています。
そういう知識があって、よかった
と、思えることはつまり「キャンサーギフト」なんでしょう。
ちっともうれしくはありませんし
お殿様にすれば、何も知らない妻だったほうが
何くれとなく世話をやいてくれて居心地よかったかもしれません。
でも、確実に寿命は短くなりますけど
知らぬが仏とも言いますから、それはそれで快適なんでしょうね。