狷介(けんかい)
- 意味:自分の意志をまげず、人と和合しないこと
- 豆知識:「狷」は、「心がせまい・気がみじかい」などの意味を持つ漢字です。
だいぶ前から続けているのですが、今練習している漢字は
読んでいた本「邯鄲の島遥かなり」に出てきた「書いたことのない漢字」です。
(その記事はこちらです。→秘密を守り切れなかった)
噂話
私は、人づきあいというものを一切していないので
会話をする人は、身内オンリーですが
私の母はとても社交的で、友人、知人がたくさんいます。
母からその友人、知人の話をときどき聞くのですが
どうして、そうなるのかなあ?と思うことがたくさんあります。
たとえば、「知人の息子さんが離婚した」という話だと
「お嫁さんが、わがままでどうしようもなかったみたいよ」
というような理由が伝わってきます。
それって、母の知人=姑目線での話だよね?
お嫁さんには、お嫁さんの主張もあるはずじゃない?
相手が実母なのでツケツケと、そんな感想を言うと
「そうよね」と、母も納得するわりに
また後日、似たような「片側だけの主張」を聞かせてくれます。
噂話ですし、私の直接の知り合いじゃありませんから
でたらめだろうが誤報だろうが、害はありませんけどね。
もっとわからない話
姑の主張として、複数回聞いたことがある話で
(つまり、複数の人が同じことを主張している)
えーっ!?それって、当たり前じゃん!!
そんなことを、どうこう言うって、どういうこと???
と、謎に思うことがあります。
それは、息子が結婚して家を建てたとか
買ったとか、借りたとかいう話のとき
その立地が「お嫁さんの実家の近く」で残念!
というものです。
つまり、自分の家のそばに来てほしかったわけですよね。
そんなの、無理に決まってるじゃん!!
自分だって、姑と実母だったらどっちの近くに住みたい?
と、聞いてみたくなるような話です。
自分が嫁をやってたときのことって、忘れちゃうのでしょうか?
あるいは、たまたま、残念がってる方々の姑さんは
とっても素晴らしい姑さんだったんでしょうかね?
そもそも、近くに住みたい気持ちがわからない
自分の夫のことを考えてみれば
息子もお嫁さんの夫であり
男としてのろくでもない特性を持っているわけです。
(その記事はこちらです。→お殿様(夫)にイラつくときの対処法)
そんなヤツと、どうして近くに住みたいと思うんでしょうね?
私は、変わっていると言われることが多いんですが
息子は、とてもだいじで愛していますが
積極的に会いたいとは、思いません。
会えば、一挙手一投足すべて、何もかも
隅から隅までずずずいいっと説教したくなることばかりですし
会話は、めっちゃ弾まないし。
どこか遠くで幸せに暮らしてくれていれば、それが何よりです。
幸せといっても、その基準は人それぞれなので
息子なりの幸せが何なのか知りませんが
おなかをすかせていなくて、泣いていなければ
もう、それ以上何も望みません。
もし姑になったら
まだ、息子は結婚していませんし
あんなにつまんない話しかできないとモテないでしょうから
結婚なんて、無理だろうと思いますが
万が一、結婚したとしても
お嫁さんとは、つきあいたくありません。
超絶めんどくさいですよね。
私が存在そのものを鬱陶しがられることは、明白です。
自分のことを思えば、好き嫌い以前の問題です。
母の友人の名言があります。
「姑の足音を聞いただけで気が滅入る」
このように、存在しているだけで疎まれるのが姑です。
お金をどっさり渡して口を出さない存在なら、別でしょうけどね。(笑)
最近の若いお母さん方は、赤ちゃんをさわられるのがいやみたいですね。
「さわらないでキーホルダー」とやらが、あるそうです。
どういう傲慢な世代なんでしょうねえ?
社会に見守られていることへの感謝が1ミリも感じられず
はい、はい、わかりましたよ!と言いたくなるような意思表示方法です。
そういう世代の理屈は理解できそうにありませんから
かかわらないのが一番だと思ってます。
逆を考えたら尊敬もの
そう考えると、お嫁さんといっしょに遊びに来たり
帰省したりする息子を歓迎するお母さんって
とっても心が広いんだなあと、感心します。
泊りがけだったら、食事、お風呂、寝具の世話などなど
考えただけで、うんざりします。
息子ひとりでも、御免こうむりたいのに、お嫁さんまで一緒でしょ?
冗談じゃないよ~。
どうしても私の家に泊まりたいと言われたら
私がホテルを取って外泊しちゃうよ。
くわばらくわばら。