畚(もっこ)
- 意味:縄を網状にしたものの四隅に綱をつけ、土・石などを入れて運ぶもの
- 豆知識:畚を「ふご」と読むときは稲わらを編んだ円筒状または円状の運搬容器を指します。
北海道余市町栄町に「畚部(ふごっぺ)」という地名があるそうです。
北海道の地名は、アイヌ語に漢字をあてたものが多いため
独特の響きがあり、由来であるアイヌ語の意味が知りたくなります。
この「フゴッペ」は「波の音が大きいところ」という意味ではないか
と、言われているそうです。
時代は変わる
今、熱心にアニメ「NARUTO」を観ています。
(その記事はこちらです。→男の子の生きる道 姉と分かち合うこと)
順調に進んでいて、青年編「NARUTO疾風伝」シーズン10に突入していますが
まだまだ先が長いので、毎晩眠気と戦いながら、視聴を続けています。
といっても、無理して見ているわけではなく
とてもおもしろくて、やめられないというのが真相ですが。(笑)
NARUTOたち若手の忍者を指導する登場人物に
猿飛アスマ先生という人がいます。
この人が、常にタバコをくわえている設定で
そのタバコとライターも、物語のだいじな小道具になっています。
しかし、今の時代、くわえタバコでうろうろして
子どもたちといっしょに食事をしているときも喫煙している大人って
めっちゃ、非常識に見えますねw
物語になんの関係もないところが気になってしまいました。
昔の常識
「NARUTO」は、今年20周年だったそうなので
そこまで昔の話ではないのに、
あっというまに、公共の場での喫煙が非常識
という常識が浸透したことを感じました。
となると、「ONE PIECE」のサンジのくわえタバコも
今見たら、大きな違和感を感じるのでしょうか。
もう、十年ぐらい読むのも見るのもやめていますが
たぶん、気になっちゃうんでしょうね。
サンジのタバコは、だいぶ昔から
アメリカで放映されるアニメでは、チュッパチャプスになっている
と、聞いていました。
アメリカでは、もっと前から子供向けアニメから
喫煙シーンが排除されていたんですね。
排除しすぎ
喫煙シーンは、子ども向けのみならず
今や、地上波ドラマからは、完全に消えたのではないでしょうか。
そのせいで、朝ドラで昭和時代を描くと
逆に不自然に見えるというクレームもあるとか、ないとか。(笑)
喫煙シーンは、なくしても問題ないと思いますが
歴史ドラマを見ていて、ここ十年ぐらい?
もしかして、もっとかも?
「側室」の存在をオブラートに包もうとしているのが感じられ
薄気味悪いものを感じます。
側室を登場させなかったり
登場させるにも、これこれこういう事情があって
やむをえず、側室を持つことになりましたよ
という設定にしてみたり
無理がありすぎるんですよね。
側室=愛人=不倫という連想なのか
はたまた、主人公に妻への純愛を貫かせたいのか
どういうことなのか、イマイチわかりませんけど
昔は、それが当たり前だったんだから
そこを変えずともよいではないか!
と、納得いかないものを感じます。
今年の大河ドラマ「どうする家康」は
側室問題を、なかったことにせず描いていますけどね。
平和問題
あと、もうひとつ
どうにもこうにも気になるのが
戦国時代のドラマを見ていると
やはり、ここ十年、もっと?
必ず女性の登場人物に
「戦はいやじゃ」
「平和な世がきてほしい」
などと、嘆かせるのもいかがなものか、と思いますね。
庶民設定の登場人物なら、まだわかるんですが
たいていの場合、武将の正妻あたりが
このセリフを言うのが、気になります。
立場を考えたら、そんなこと言わないはずなんですけどね。
生きるか死ぬかの瀬戸際の戦いが日常。
敵を殺さねば自分が生き残れない。
そういう世の中だったんだから
平和な世やら、戦のない世も願ったかもしれないけど
まずその前に、勝つこと、生きのびること
家、一族が存続することを願ったんじゃないかなあ?
平和は尊くだいじです。
そして、戦争はなくなってほしいものであるに決まってます。
しかし、戦国時代にこの現代の感覚をもってくると
ものすごく、こっけいに感じちゃいますね。(笑)