きのうネットフリックスで配信が始まった、懐かしのテレビドラマ
「101回目のプロポーズ」を見ました。
眠くなりつつも頑張って3回目まで見ましたが
やはり、おもしろいですね~。
1991年放送だったので31年前のドラマです。
たしか15年ぐらい前に、ネット動画に上がっていたものを見たので
それ以来の視聴になりますが、細部までよく覚えてますね。
「101回目のプロポーズ」は、私がこれまで見たドラマの中で
まちがいなく3本の指に入る面白さでしたが
見返しても、よく覚えていても、先を知っていても、やはり面白い!
今の時代に放送したら、
非難GO!GO!非難GO!GO!マッハGO!GO!GO!でしょうけど
すがすがしいまでに、ルッキズムがテーマの作品です。
お見合いの席で達郎がヒロイン薫さんに一目ぼれして
そこからなんだかんだと進む話なんですが
薫さんは、徹底してやな女ですよ。
にこやかに相手をしているんですけど
ちょっとしたことでカチンときてしまうと、
達郎をバカにしたり、辛辣な言葉を投げかけたり。
毎回、誤解だったのね、ごめんなさい!
と、一応謝ったり反省したりするんですけど
何度でもひどい言動に出て、踏みつけにするんですよね。
その根底にあるのは
こいつは私には釣り合わない
という明確な自覚なわけで
友人や家族に、その姿勢は崩しませんし
彼ら彼女らも、もちろん同意見です。
釣り合わない根拠は、達郎の容姿と年齢。
もちろん勤務先や収入なんかもあるんでしょうけど
そこに触れられることは、ほどんどなく
あんなおじさん、さえないおじさんと
薫さんとその周囲の人々は達郎を盛大に見た目でディスリ続けます。
ドラマ内のヒロイン薫さんは
浅野温子さんが演じてますから、そりゃー美しいのですが
美しい以外に特に良いところが見つけられない人です。
それでも、達郎はひどい扱いを漫然と受け入れ
こんな自分だから仕方ないと、涙まで流しちゃうんですね~。
そういう構図を見ていて、薫さんに嫌悪感を持つかといえばそうでもないのは
私が昭和の女だからなんでしょうかねえ?
どんなにルッキズム批判がされ、否定される世の中になろうとも
人間の意識の深層には、絶対に「美>醜」という価値観が根付いているでしょうから
このドラマを今、地上波で放送してみたら
批判されつつも、またもや大ヒットしちゃうかもしれませんね。
それよりも何よりも、クレジット最後に出るプロデューサーが
きのう関テレ社長辞任を発表した大多亮さんであることのほうが
今は話題になるかもしれませんね。
あの人だからこんなドラマを作ったんだ!
という話になりそうな気もします。