著名人の訃報にふれたとき、
70代だと、「まだ若いのに」と思うし
80代でも前半なら、やはり「まだ若い」と感じます。
先日、東野圭吾さんの早すぎる死を日本中が悼みました。
68歳、まだまだ活躍できるはずの歳なのに
と、思うと残念でなりません。
しかし、です。
お殿様(夫)は、65歳で亡くなりました。
そもそも早すぎる、と思っていましたが
世間が、東野さんを「早すぎる」と悼むほどに
やはり、お殿様も早すぎたと、しみじみと感じます。
お殿様は、日本中が悼んでくれるような存在でなく
身内だけが悲しい、という話なので
ウチの旦那のほうが早かったのに!と
ひがんでいるわけではありません。
少し前、70代後半の知人が
夫婦で旅行の計画を立てていることを話してくれました。
とても楽しみにしている様子をほほえましく聞きながら
私にはもう、こういう計画は縁がないんだな、と思いました。
とはいえ、お殿様と旅行がしたかったか?
といえば、そういうわけではありませんから
別に残念に思うわけでも、悲しいわけでもありません。
旅行は、40代後半から50代に
一生分連れて行ってもらいましたので、もう十分です。
思ったのは、お殿様はどうだったんだろう?
ということです。
旅行によらず、何かしたかったことがあったのではないか。
ふと、そんなことを考えてしまいましたが
生前の行動を思い返してみると、どうしても
パチンコ
以外にしたかったことは、なかったと思えてきます。
もっともっと打ちたかったかもしれないのに
かわいそうに、と思う気持ちもありますが
パチンコなら、別にできなくても問題ないか。
とも、思えてきます。
趣味にいちゃもんをつけるのは、どうかと思います。
私だって、
もっともっとゲームがしたかった
と、思いつつ逝くとしたら
自分は残念ですが、周りの人から見たら
そんなことなら、もうよかろう。
と、思われる可能性大です。
人がどんな思いを抱えて旅立つのか。
当人しにかわからない、非常に深遠なテーマですし
早かろうが遅かろうが、本人にやり残したことがあったなら
それはすべからく、納得いかない終わり方なのでありましょう。
人生の清算結果は、一概に生きた年数だけで計れるものではないし
当人にしか知りえないものなのだとも思えます。