この人は、どうしてこんなことをするのだろう。
私に落ち度があったのかな。
そもそも、何がしたいんだろう。
傷つけられたことをわかってほしい。
こんなふうに、他人の言動にもやもやしたことは
たいていの人が経験していると思います。
この前、AIと映画「ゴジラ」について語り合いました。
ゴジラについては、謎を感じています。
詳しくは、過去記事「ゴジラに根源的な疑問を覚える」にありますが
簡単にまとめると、何がしたくて暴れてるのか?
皆目見当がつかないことを謎に思っています。
何か目的があって、暴れているのか?
それすらわかりませんが
とりあえず、国土を守るべく反撃に出るのが
ゴジラ映画展開の王道です。
しかし、ゴジラは、反撃しても攻撃の手をゆるめません。
そんな場面は見たことないけど、
説得しても暴れるのをやめてくれることはないでしょう。
まったく意思疎通ができない存在だからです。
そういう存在だから、最初から地球防衛軍側は
攻撃をして追い払おうとするわけです。
ゴジラが強すぎて、ぜんぜん無駄なんですけどね。
ほんとに、あいつは何がしたいんだろうね?
ということを話していたとき、ふと気づきました。
そうか、世間で行き交う人間の不可解な言動も
わからないものは、わからないのだな、と。
私の思考じゃありませんから、
どうしてなんだろう?と考えてもわかるはずがありません。
ゴジラのように、そもそも思考してるのか?
という疑問までは抱きませんが
どうしてそうなるのか。
自分には理解できないから
されたことに困惑したり、傷ついたりするわけです。
なるほどね。
と、腑におちました。
理解できない人の思考を追いかけて理由をさぐったり
こちらの考えをわかってもらおうと説得したとて
理解できるわけないし、意思疎通ができるはずがありません。
ひきずって、受けたダメージを追体験するだけ。
あ、ゴジラだ。
と、思ったら、防衛に徹するのが一番なんでしょう。
ゴジラですから、遭遇してしまえば無傷ですむわけない。
そう、思っていれば、少しはあきらめもつく。
何より、ダメージが最低限ですむことに気づきました。
ゴジラに根源的な謎を感じていなかった人は
何が言いたいのか、理解しにくいかもしれません。
でも、私にとってはかなり大きな気づきでした。
理解できない人の思考を追いかけないことが
自分の心の防災になる。
これを今後の信条にしていこうと決めました。