今、ぜいたくはできずとも平和に暮らせていますので
決して過去に戻りたいと思うことはありません。

しかしながら、人生の分岐点を振り返ると
あのときの自分に助言できたら!
と、思うことがいくつかあります。

結婚相手や就職先のような大きなことではなく
もっと目立たないものですが
ひとつに「習い事への取り組み方」があります。

姉が何かを習い始めると
どうしても自分も一緒に行きたい!と泣き喚いて
幼稚園時代からピアノ、
小学校の低学年からは習字、公文にも通っていました。

習い事をしたかったわけではなく
姉と一緒に行きたかっただけですから
どれもこれもまじめに取り組まず
まったく上達しない結果となっています。

公文にいたっては、クラス編成の都合上
入会はできたものの、姉とは別の曜日に通うことになって
まったく意味のない不要な外出になっただけでした。

この中で、もっとちゃんと取り組んでおけばよかった
と、しみじみ思うのが書道です。
どう考えてみても、高校の選択授業って
書道がよかったんじゃないか?と、最近思うんですよね。

美術的センスも才能もゼロで、書道は下手くそ。
消去法で音楽を選択しましたが
歌わされたり、楽典を勉強させられたり
たいへんだった記憶しかありません。
書道なら、ちがったんじゃないか?

つまり、もっと楽だったんじゃないか?
と、思うんですけど、実際はどうなんでしょうね?
筆でお手本を見て字を書いているだけでいいなら
なんだか、楽そうに思えます。

もう1つの失敗は、進路です。
高校卒業後は、もう学校も行きたくないし勉強もしたくない
だから、公務員になる!と、主張したんですが
どうしても進学しろ!という母の圧に負けて進学しました。

あのとき、どの学部に進むかを考えたとき
真っ先に消えた選択肢が「栄養科」でした。

当時の私はリンゴの皮もむけないというぐらい
料理が何もできない女子力ゼロ子でしたから
栄養科=調理実習があるところなんて無理!
と、思っていましたが、一念発起して栄養科に進学していたら
栄養の勉強がしっかりできて役立っただろうなー
と、これはもっと若かりし頃
息子を育てていたころに、よく思ったことでした。

当時、普及し始めたネットで栄養のいろはを調べました。
今も、栄養についての情報収集はよくしています。
人間が生きていくうえで、絶対に必要な知識ですから
若いうちに学習することができたら、よかったでしょうねえ。

栄養士の資格は、なんとか頑張ってとったとしても
根性ナシのナマケモノなので、管理栄養士はきっと無理だったでしょう。
でも、仕事として役立てたいというよりは
結局、こんなに調べて勉強してるんだからなーと思うにつけ
あの日あのとき、子どものころの私の選択って
まちがっていたんだなと、よく思います。

だからって、後悔してるわけではないんですけどね。
栄養科に進んだとしても、きっとダラダラしていて
たいした学びはできなかったでしょう。
私はそういう人間です。(笑)

書道と栄養科、どちらも朝ドラ「おむすび」で
ヒロインが選択していますので
ついつい、改めて考えてしまいました。

忘れん坊将軍

昭和39年生まれの59歳、専業主婦です。 新幹線、首都高速、武道館などなど同い年のものがたくさんあります。 還暦目前のせいか、あれもこれも忘れてしまう困ったちゃんです。